おこり地蔵

            お こ り 地 蔵

 むかし、日本が世界のたくさんの国々と、戦争をしておった頃。
広島のある横丁に、小さなお地蔵さんが建っておられた。

お地蔵さんはうふゝゝゝゝ! と笑った顔をして立っておられたので、誰言うとなく笑い地蔵と呼んでおった。

その日もお地蔵さんはうふゝゝゝゝ!と笑った顔をして立っておられた。

真夏の明るい陽ざしが、ビルや家々や学校にいっぱいにふりそそいでいて、お地蔵さんも眩しいくらいに光って立っておられた。

そのとき、真っ青に晴れ上がった空に、敵の飛行機が現れたかと思うと、グーンと高度を下げて広島の町の真ん中あたりに爆弾を投げつけた。

一瞬、あたりが白っぽい、ぎらぎらした光に塗りつぶされ、全てのものが息を止めた時に広島は大爆発を起こしていた。

それはまるで太陽が落ちてきたとしか言いようのない光景であった。ビルも家々も電柱も火の塊になって地面にたたきつけられ、空に吹き飛ばされた。

目はつぶれ、耳は破れ、身体中焼けただれた人々が、「痛いよう・・・助けてくれ・・・助けてくれ・・・」とあたりを這いずり回って叫んでいた。

横丁のお地蔵さんも、横なぐりの爆風に吹き飛ばされて、ズデーンと焼けた砂の上に落ちてそのまま埋まり、笑った顔だけが地面にのぞいていた。

そのお地蔵さんの顔の前を、髪はちりじりに焼け、皮膚はめくれて垂れ下がった人々が、次から次へと逃げていった。

 翌日広島の町は、見渡す限り焼け野原であった。起き上がろうとして起き上がれなかった人々が、あちこちに丸太ん棒のように転がっていた。

やがて向こうの方からぼろ布のようなものが、風に吹かれて近づいてきた。よく見ると、それは焼けただれた身体に千切れた服を僅かに付けた幼い女の子であった。女の子はゆらゆら揺れるように近づいて、やっとお地蔵さんの所まで来たが、もう一歩も歩けないというふうに、ばったりとうつ伏せに倒れた。

むき出しになったその背中には一面に焼けただれていて、まるでボタンの花をはり付けたように見えた。

女の子はしばらくじっとしたまゝ肩でせわしく息をしていた。 やがてそのうつろな目がお地蔵さんの顔を見つけたらしく「かあちゃん!」と呼んだ。

お地蔵さんの笑った顔が優しい母の顔に見えたのだろう。

「かあちゃん! 水が飲みたいよう! 水が飲みたいよう!」。 乾いた口を懸命に開けてこう繰り返すのだが、真夏の陽が照りつける焼け野原に水など一滴もあるはずがなかった。

「水・・・!   水・・・!」   女の子の声は次第に細く弱々しくなっていく。

すると、今まで笑っていたお地蔵さんの顔が少しずつ少しずつ変わり始めた。口が真一文字に結ばれて、目がしだいに開かれてきた。それでもまだ、グイーッ グイーッと力が込められてきて、今にも壊れそうになるまで張りつめると、それはまるで何者かをにらみつける仁王の顔であった。

「みず・・・・  み・・・・」 女の子の声が消えそうになる。

その時である。見開いた地蔵の目にいっぱい涙が溢れてきた。そしてボタ ボタ ボタ、 頬を伝わって流れ落ちると、傍らに倒れている女の子の口に飛び込んでいった。

うっくん うっくん うっくん 喉を鳴らして飲み続ける。 長いことかかって涙の水を飲み終わった女の子は、お地蔵さんの顔を見てかすかに笑った。そして首を上げて遠くの空を眺めていた。口元がかすかに動いて、歌でも歌っているようであったが、やがてがっくり前に伏せると、もう動かなかった。

 その時、いっぱいにくいしばった地蔵の顔が、グラッ! と大きく揺れた。そして、もう耐え切れんという具合に、グサグサ! グサグサ!と小さな粒になって崩れ落ちると、あたり一面に散らばってしまった。      完

 

                    

                 山口勇子 原作

                 新日本出版 刊