重箱おばけ

 

                      重 箱 お ば け

むかしむかし。

ある町のはずれに、法華坂(ほっけざか)という、かなりきゅうな坂があった。

ふだんは、人通りのない、ひどく寂しい所で、たまに旅のものが、通るくらいのもんじゃった。

さて、この坂の上に、茶店が一軒、坂の下にも茶店が一軒、ちょうど、同じようにたっとった。

ところが、この法華坂に、近ごろ、化けもんが出るという噂がたった。

なんでも、その化けもんは、重箱みたいな顔をしておって、ものをいうときは、ぺかぺかと、ふたがあくという。それで町の人たちは

「重箱おばけ」というて、こわがっておった。

この話を聞いた、ひとりの侍、

「まことに、けしからん化けものじゃ。拙者が退治してくれよう。」

と、腰の刀をしっかりおさえ、法華坂を登っていった。

いまでるか、いまでるかと、用心しいしいのぼって行ったが、なんもでん。

坂をのぼりきってしまったが、化けもんのばの字もでん。

「ふん、拙者がこわくて、出てこれんのじゃろう。 やい、化けものめ。でるのか、でんのか。」

あちらを見まわし、こちらを見まわし、どなってみたが、いっこうに返事がない。

侍は、上の茶店の縁台に腰をおろして、わらじのひもをしめなおしながら、

「おい、おかみさん。おかみさん。」とよんだ。

「はい。」

「なにか、あったかいものを一つ、食べさせてくれんか。」

「はい、はい。」

茶店のおかみさんは、向こうをむいたまま、返事をした。

侍は、前にあった茶わんに、かってに湯をさして飲みながら、たずねた。

「おかみさん。ここに、重箱お化けが出ると聞いたが、今でも出るのかな。」

「はい。 ときどき・・・・」

「ほーう、出るかね。 そいつは、いったいどんなやつか、お目にかかりたいもんだねえ。」

すると、うしろ向きの女は、

「重箱お化けというのは・・・・」と、いきなり、くるっと、侍のほうを向いた。

その顔は、大きな重箱のように、まっ四角で、目も、鼻も、口もない。

ふたがペカーンと開いて、

「まーず、こんなもんですわい。」

と、ぺろーんと、ながいながい舌を、侍の方へつんだした。

「うわーっ。」

侍は飛び上がった。

もう、刀をぬくどころではない。

茶店を飛び出すと、ころがるように、坂をかけおりた。

坂下にある茶店に飛び込むと、はあはあ、息をきらせて、やっと、柱につかまりながら、そばの縁台にこしをおろした。

まだひざが、がくがくとふるえている。

奥で働いている、茶店の女に、声をかけた。

「いやはや、おそろしい顔じゃったわい。たった今、拙者は、重箱お化けを見て来たぞ。 ねえさん。おまえさんは、こんな所におって、おそろしゅうないのかね。」

「いいえ、わたしゃ。ちっとも・・・・」

女はふり向きもせずに答えた。

「そうかい。若いねえさんが、こわくないとは、おどろいたな。そりゃア、どんなもんか知らんからだろう。」

すると、その女は、

「もし。その重箱お化けというのは・・・・」

と、いきなり、くるっと、こっちを向いた。

顔は、ま四角で、目も鼻も口もない。

「こんな顔でしょう。お侍さん。」

そこで、ふたがペカーンと開いて、ぺろーんと、長い舌がとび出した。

「ギゃーつ。」

侍は、とびあがった。

はあ、もう、みえも、へったくれもあったもんじゃない。

なんともいえんような声をあげて、無我夢中で、町へ逃げ帰ったそうな。

               日本の民話 こわい話より

                 鞄血社刊