舞 扇

 

舞 扇

 むかし、京の都に、名の高い踊りの師匠がおった。

そのおおぜいの弟子の中に、雪江という、けいこねっしんな娘がおって、一本の舞扇を、たいそう大切にしておった

なんでも、雪江が父にせがんで、名高い絵師にかいてもらったとかで、今をさかりと咲いている、桜の花をえがいた、まことにみごとな扇であった。

ある日のこと、どうしたことか、雪江は、この扇を、けいこ場に忘れて帰ってしまったので、師匠は、あしたきたら、渡してやろうと、自分の机の上にのせておいた。

ところが、次の日、雪江はけいこにこなかった。そして次の日も、次の日も・・・

師匠はなにやら心にかかって、ふと、机の上の扇を広げてみた。

そこには扇面いっぱいに、あかるく、花が咲いている絵であった。

そこへちょうど、友だちの占い師がたずねてきたので、師匠は、広げた扇を渡して、

「ごらんなされ、優雅なものじゃて。」

「ほほう、これは美しい・・・」

友だちの占い師は、しげしげとながめておったが、しばらくして、

「お気の毒ですが、この花は、今日中に散りますな。」

友だちが帰ったあとも、師匠は、その扇を、じっとながめておった。なにごとも、必ずあてるといわれている、占い師の言葉が気になって、夕やみのせまったへやに、いつまでも座っておりました。

「お食事でございますが・・・」

妻の声に、はっとして、師匠は、ひらいた扇を持ったまま立ち上がったら・・・

と、はらはらと、白いものが散った。

花びらは、あとからあとから散って、風もないのに、ちょうが舞うように、暮れ方の空へ舞い上がってゆくのでした。

「おお、これは・・・」

おどろいて、夕暮れの光にかざして見ると、扇のおもてには、もう、花のすがたは、ひとひらものこっていなかった。それは、ただの白い舞扇・・・。

師匠は、雪江の家に、かごをいそがせた。かごが、玄関につくと、母親があらわれて、

「娘は、ほんのさきほど、息をひきとったところでございます。

どうぞこちらへ。」

案内された奥の間には、雪江が、しずかにねむっていた。

なんと・・・そのへやは、桜の花びらでいっぱいでありました。

     日本の民話「こわい話」より  東光社刊