はいけい おじいさん

 

「はいけい おじいさん」

くろねこのキチは、つまらないことばかりでした。さびしいことばかりでした。飼い主のおじいさんが、いけないのです。

「にゃおん」と甘えても、ジロリとにらむだけ。

「ごろにゃおん」めげずにすりよると、今度は背中を向けてしまいます。

おじいさんは以前からへんくつものでした。でもこんなに愛想が無くなったのは、つい最近のこと。一ヶ月前、おばあさんが死んでしまってからなのです。おばあさんはとおってもいい人でした。白くてぽちゃぽちゃした手が、いつもキチをなでてくれました。「キチや」と呼ぶ優しい声は、かつおぶしやお刺身と同じぐらい、いえそれ以上に、キチの大好きなものでした。

でも特にキチが好きなのは、おばあさんが絵本を読んでくれる時間でした。

ひざの上にキチをのせて、めがねをかけると、「キチや、むかしむかしね・・・」

物語が始まります。キチはそれはもうドキドキして、本をのぞきこむのです。

まっ黒な顔が、まっ赤になりそうなほど興奮しました。

なのに。今ではだれも、絵本を読んでくれる人がいません。仕方がないから、ひとりでページをめくるしかありませんでした。

「そうだ!」

突然、キチはピン!とひげをのばしました。すばらしいアイディアが浮かんだのです。キチはおばあさんの文ばこから、便せんと鉛筆をもちだし、次のような手紙を書きました。

「はいけい おじいさんへ

 おじいさん、わたしのだいじなキチに、本をよんでやってくださいな

 てんごくのおばあさんより」

できばえは大満足。 キチはこれを、おじいさんの部屋のふすまにそっとはさみました。

しばらくして。ドタドタという足音とともに、おじいさんがやってきました。いつものむすっとした顔で、キチを見つめています。が、やがて・・・。

一冊の薄い絵本を取り出し、「おい、キチ、むかしむかしな・・・」

作戦成功!信じられません。猫の書いた字が、通じるなんて。でもこれも、おばあさんが毎日絵本を読んでくれたおかげなのです。

キチはうれしくって、うれしくって、すっかり調子にのってしまいました。

「はいけい おじいさんへ

おじいさん、わたしのだいじなキチに、あたらしいえほんをかってあげてね。  てんごくのおばあさんより」

「はいけい おじいさんへ

おじいさん、わたしのだいじなキチに、かつおぶしとかまぼこをあげてね  てんごくのおばあさんより」

 このほかにも、キチはおばあさんの名前を借り、やれ刺身が食べたいだの、ノミをとってほしいだの、いろいろな手紙を書きました。たんびにおじいさんは言うとおり。むすっとした顔はあいかわらずでしたけれど。

 こんなふうにして、一週間ほどたったある朝のことです。

いつものように」手紙を届けに行くと、おや? ふすまの間には、もう別の手紙が。 くびをかしげて開いてみると・・・。

「ばあさん 元気か」

たった一行、そう書いてありました。 差出人はふすまの奥の、おじいさん・・・・。

キチのひげが、ぶるっと震えました。目が何だかしぱしぱして、水のようなものがあふれてとまらないので、前足で一生懸命顔を洗わねばなりませんでした。

キチは自分の書いた手紙をみつめて思いました。

(ぼくが書きたいの、こんなんじゃないや・・・)

それから10分後。

新しく書き直した手紙をくわえたキチが、おじいさんの部屋のふすまをひっかいていました。

ガリリ、ガリッ・・。何度も何度もガリリ、ガリッ・・・。

「こりゃ、静かにせんか!」

そう言って、おじいさんがでてきました。じろりとキチをにらみましたが、手紙をさしだすと

「うん?」と一つせきばらいをすると、封を切って読み始めました。

おじいさんの顔が、いつものむすっとした顔が、ゆっくりとくずれてゆきます。

少し笑った、そして少し泣きそうな目が、じいっとキチを見下ろしました。

 突然、おじいさんはキチをだきあげ、ぎゅうっと抱きしめました。

キチはおじいさんの胸に鼻をこすりつけました。絵本を読んでもらった時よりも、かつおぶしをもらった時よりもずうっとうれしかったのです。

おじいさんの肩がふるえ、小さなうめき声が聞こえました。

キチが書き直した手紙はこんなふうでした。

「はいけい、 キチへ

キチや、おじいさんをよろしくね。わたしのだいじなひとだから。わたしのあいする、だいじなだいじなひとだから。  てんごくのおばあさんより。」

              完

  東京都杉並区の牧田洋子さん 一般の部 ほのぼの大賞受賞作品